渋沢栄一に学ぶ:「論語と算盤」にみる、社会貢献と利益を両立させるリーダーシップ
はじめに:公益と私益のバランスという課題
現代のビジネス環境において、企業は単なる営利組織としてだけではなく、社会の一員としての責任を強く問われています。パーパス経営やSDGsへの貢献といった考え方が広まる中で、リーダーは経済的な成功と社会的な価値創出という二つの側面をどのように両立させるべきか、常に問い直す必要があります。
この難しい課題に対し、日本の近代経済の父と呼ばれる渋沢栄一は、約100年前に明確な指針を示しました。彼の思想の中核をなす「論語と算盤」は、現代のビジネスリーダー、特に新しい時代のチームを率いる若いリーダーたちに、多くの重要な示唆を与えてくれます。
渋沢栄一が説いた「論語と算盤」の本質
渋沢栄一(1840-1931)は、明治維新後、日本経済の近代化に尽力し、生涯で約500もの企業の設立や育成に関わりました。彼がその活動の根幹に据えたのが、著書『論語と算盤』で説かれる思想です。
この思想は、「道徳と経済は両立し得るものであり、むしろ道徳に基づいた経済活動こそが持続的な発展をもたらす」というものです。当時の多くの実業家が、商業や利益追求を卑しいものと見なしていた風潮に対し、渋沢は論語に説かれる高い倫理観や社会への貢献といった「道徳」と、経済活動としての「算盤」(利益追求)は決して矛盾するものではなく、両者が調和してこそ真の繁栄が実現すると力説しました。
彼の言う道徳とは、単なる個人的な倫理に留まらず、社会全体の幸福や発展を目指す公益の精神を含みます。そして、算盤とは、事業を通じて正当な利益を追求する経済合理性です。渋沢は、リーダーがこの二つを高い次元で融合させることこそが、健全な組織運営と社会の発展に不可欠であると考えました。
公益を実現するための「合本主義」と多様な人材の活用
渋沢の思想は、その実践方法にも表れています。彼は、限られた資本家が利益を独占するのではなく、より多くの人々が出資し、共に事業の成果を分かち合う「合本主義」を推進しました。これは現代でいうところの株式会社の仕組みを広め、国民全体の経済的な底上げを目指すものでした。
この合本主義の根底には、事業は特定の個人のためだけにあるのではなく、社会全体の利益に貢献すべきであるという公益の精神があります。彼は、多様な事業分野(銀行、鉄道、紡績、ガス、電力など)に参画することで、社会基盤の整備や産業の育成といった公益性の高い目的を追求しました。
また、渋沢は自身のネットワークを駆使し、様々なバックグラウンドを持つ人材を積極的に事業に迎え入れました。旧幕臣、旧藩士、学者、技術者など、出自や考え方の異なる人々を結集させ、それぞれの能力を最大限に発揮させることで、困難な事業を成功に導きました。これは、現代のチームビルディングにおいて、多様なメンバーの強みを活かすことの重要性を示唆しています。
現代ビジネスリーダーが学ぶべきエッセンス
渋沢栄一の「論語と算盤」に説かれるリーダーシップは、現代の若手ビジネスリーダーにとって、自身の役割やチーム運営を考える上で、非常に実践的な示唆に富んでいます。
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パーパス(社会的な存在意義)の明確化と共有:
- 渋沢は、事業を通じて社会に貢献するという高い目的意識を持っていました。現代のリーダーも、自身のチームやプロジェクトが「何のために存在するのか」「社会にどのような価値を提供するのか」というパーパスを明確にし、チームメンバーと共有することが重要です。共通の目的意識は、日々の業務に対するモチベーションを高め、困難な状況でもチームを鼓舞する力となります。経済的な目標だけでなく、社会的な貢献という視点を加えることで、メンバーはより深いやりがいを見出すことができます。
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倫理観に基づいた意思決定:
- 利益追求のみに走るのではなく、常に倫理観や社会規範に照らして意思決定を行うことの重要性です。短期的な利益のために長期的な信頼を損なうような判断は避けるべきです。チーム内でオープンな対話を促し、倫理的な問題を議論する機会を設けることで、メンバー一人ひとりの倫理観も醸成されます。これは、企業の信頼性を高めるだけでなく、チームメンバーの安心感とエンゲージメントにも繋がります。
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多様な人材を活かすチームマネジメント:
- 渋沢が多様な人材を事業に登用したように、現代のプロジェクトチームにおいても、異なるスキル、経験、価値観を持つメンバーの多様性を強みとして活かすことが成功の鍵です。リーダーは、多様な意見を尊重し、異なる視点を受け入れるオープンなコミュニケーション環境を整備する必要があります。各メンバーが持つ独自の才能を見出し、適材適所に配置することで、チーム全体の創造性や問題解決能力が向上します。
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長期的な視点での事業育成:
- 渋沢が関わった事業の多くは、当時の日本にとって新たな挑戦であり、長期的な視点での育成が必要でした。現代のテクノロジー分野におけるプロジェクトも、短期的な成果だけでなく、将来の社会や市場の変化を見据えた長期的な視点が不可欠です。リーダーは、目先の目標達成に加え、数年後、数十年後を見据えたビジョンを持ち、チームメンバーに共有することで、持続的なモチベーションと成長を促すことができます。
結び:倫理と経済の調和を目指すリーダーシップ
渋沢栄一の思想「論語と算盤」は、時代を超えて現代ビジネスにおいても色褪せない普遍的な価値を持っています。利益追求と社会貢献は対立するものではなく、むしろ相互に補強し合う関係にあるという彼の洞察は、現代の複雑な課題に立ち向かうリーダーにとって、強力な羅針盤となり得ます。
若手リーダーの皆さんが、自身のチームを率いる際に、常に「公益と私益」という二つの視点を持つこと。チームの活動が社会にどのような良い影響を与えるのかを考え、それをメンバーと共有すること。そして、倫理的な羅針盤を持ちながら、多様なメンバーと共に経済的な成功を目指すこと。
これらの姿勢は、チームのエンゲージメントを高め、持続的な成長を可能にし、そしてリーダー自身のキャリアにおいても、より深く、より広範な影響力を持つことに繋がるでしょう。渋沢栄一の思想を参考に、倫理と経済が調和する新しいリーダーシップスタイルを築いていくことを願っています。